俺の名前は悠斗、どこにでもいる普通の高校生だ。
だが、ひとつだけ普通じゃないことがある。
俺の家は、代々続く「お灸師」の家系だということだ。
お灸って言うと、年寄りのものだと思われがちだが、実は俺の家では、ちょっと変わった「特殊お灸」を扱っている。
ある日、学校から帰ると、いつもは静かな我が家が妙に騒がしかった。
玄関を開けると、居間から母さんの声が聞こえてくる。
「悠斗、ちょっと来なさい!」
何だ?と思いながら居間に入ると、そこには見慣れない少女が立っていた。
彼女は、俺と同い年くらいで、長い黒髪に赤い和服を纏っている。
何よりも目を引いたのは、彼女の腕に巻かれたお灸用の帯だった。
「彼女は茜(あかね)ちゃん。今日からしばらく、うちで修行することになったのよ」
母さんが説明する。
「修行?うちで?」俺は驚いて彼女を見た。
「はい、茜と申します。どうぞ、よろしくお願いします」
茜は深々と頭を下げた。
どうやら、彼女はお灸使いとしての素質があるらしく、母さんが彼女を弟子にすることに決めたらしい。
けれども、まさかこんな同い年の子が、うちで修行することになるとは思ってもみなかった。
「よろしく……」とりあえず挨拶を返すと、茜は真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
「悠斗さんも、お灸をされるんですよね?」
「いや、俺はまだ修行中っていうか……母さんに手伝いをしてるだけだよ」
「そうですか。でも、きっと素晴らしいお灸師になれると思います」
茜は微笑んだ。その笑顔には、どこか神秘的なものがあった。
それから数日が過ぎ、茜との共同生活が始まった。
彼女は毎朝早く起きては、庭でお灸の練習をしていた。
お灸を扱う姿は真剣そのもので、俺もなんとなく影響されて、一緒に練習するようになった。
ある日、俺が茜の練習を見ていると、彼女が突然倒れ込んだ。
慌てて駆け寄ると、茜は苦しそうに息をしていた。
「茜、大丈夫か!?」
「ごめんなさい、悠斗さん……」
彼女は力なく答えた。
どうやら、彼女は力を使いすぎたらしい。
お灸はただの治療ではなく、茜が使っているのは「炎の契約」と呼ばれるものだった。
契約によって、彼女は炎の精霊と力を分け合い、その力を使って特殊なお灸を行っていたのだ。
しかし、その力を使いすぎると、体に大きな負担がかかるというリスクもあった。
「休んだ方がいい。無理しなくていいんだ」
「でも……私は、もっと強くならないと……」
茜はそう言って、無理に立ち上がろうとしたが、俺は彼女の肩を優しく押さえた。
「休むのも修行のうちだ。母さんだって、無理するのは良くないって言ってたよ」
茜は少し躊躇したが、やがて力なく頷いた。
俺は彼女を助けて、家に戻った。
それから数日、茜はおとなしくしていたが、どうやら元気を取り戻したようだった。
ある夜、俺がふと目を覚ますと、茜がひとりで庭に立っていた。
彼女の手には、小さな炎が灯っていた。
「茜?」
俺が声をかけると、彼女は振り返り、少し微笑んだ。
「悠斗さん、見てください。これが、私の『炎の契約』です」
彼女の手の中で燃える炎は、まるで生き物のように揺れていた。
その光は、どこか温かく、そして儚げだった。
「私は、この力を使って、もっと多くの人を救いたいんです。でも、そのためにはもっと強くならなければ……」
俺は彼女の覚悟を感じ取った。
彼女はただ強くなりたいだけではなく、その力を人のために使いたいと願っているのだ。
「俺も、一緒に修行するよ。お前の手伝いができるなら、なんでもする」
茜は驚いた顔をしたが、やがて優しく微笑んだ。
「ありがとう、悠斗さん。でも、あなたにはあなたの道があります。私は自分の力で進んでいきます」
その言葉には、強い決意が込められていた。
俺はそれを理解し、静かに頷いた。
「でも、もし何かあったら、すぐに言えよ。俺はいつでも力になるから」
「はい」と茜は静かに答えた。
そして、俺たちは再びそれぞれの修行に戻った。
茜の炎は、夜空に向かって静かに燃え続けていた。
それは、彼女の決意と未来への希望の象徴だった。
俺はその光景を見つめながら、茜の強さと優しさに心を打たれた。
そして、俺もまた、お灸師としての道を歩んでいく決意を固めた。
夜が更け、風が冷たくなってきたが、その中で俺たちの心は温かかった。
炎の契約は、ただの力ではない。
それは、人々を守るための力であり、俺たちの未来を照らす希望の光だった。