僕の名前は田中健一。
出版社で働く編集者だ。
日々の締め切りに追われ、肩こりと腰痛がひどくなっていた。
友人の鈴木は、「一度試してみたらどうだ?」と一枚の名刺を渡してくれた。
それは、小さな鍼灸院のものだった。
その日の午後、僕はその鍼灸院「静心堂」を訪れた。
古びた木製のドアを押し開けると、店内には心地よいお香の香りが漂っていた。
受付にいたのは、年配の女性だった。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件でしょうか?」と彼女は微笑んで尋ねた。
「肩こりと腰痛がひどくて……」と僕が言うと、彼女は頷き、奥の治療室に案内してくれた。
治療室に入ると、そこには静かで落ち着いた雰囲気が広がっていた。
壁には東洋医学の図が掛けられており、窓からは柔らかな陽光が差し込んでいた。
ベッドに横たわると、鍼灸師の山田先生が入ってきた。
「田中さん、初めての鍼灸ですね。今日は特別な治療法を試してみましょう。神闕丹田灸という方法です」と彼は言った。
「神闕丹田灸?」と僕は聞き返した。
「そうです。へそのツボに艾を使って温める治療法です。身体の中心からエネルギーを調整し、全身の気の流れを整える効果があります」と山田先生は説明した。
僕は半信半疑ながらも、その治療を受けることにした。
先生が慎重に艾を火にかけ、僕のへその上に置くと、じんわりとした熱が広がり始めた。
その熱は次第に僕の体全体に伝わり、まるで深い眠りに誘われるような感覚を覚えた。
「これは……心地いいですね」と僕はつぶやいた。
「神闕丹田灸は、ただの治療ではありません。心と体のバランスを整える力があります」と山田先生は微笑んだ。
治療が進む中で、僕はふと先生に尋ねた。「どうしてこの治療法を?」
山田先生は少し考えてから答えた。
「私の祖父がこの治療法を使って多くの人を癒してきました。彼は言いました。神闕の熱は、ただの物理的な熱ではなく、魂の奥深くに働きかけるものだと」
その夜、僕は家に帰り、ふと異変を感じた。
身体の中で何かが変わったような感覚。
それは、まるで自分の体が再生されているかのようだった。
翌朝、目覚めると、不思議なほどに体が軽く、疲労感が消えているのに気づいた。
「これは一体……?」
僕は自問自答しながら、再び静心堂を訪れた。
「先生、昨夜から体がまるで新しくなったように感じます。どうしてこんなことが……?」
山田先生は静かに微笑んだ。
「神闕丹田灸は、体のエネルギーのバランスを整えるだけでなく、心の奥深くに眠る不安や疲れを解き放つ力があります。科学では解明できないものが、ここにはあるのかもしれません」
その日以来、僕は定期的に静心堂を訪れ、神闕丹田灸の治療を受けるようになった。
次第に、僕の体と心は安定し、仕事のストレスも軽減されていった。
僕は山田先生との会話を楽しみにしながら、治療を受け続けた。
ある日、山田先生はふと遠くを見つめながら言った。
「実は、私の祖父はこの治療法を通じて、多くの人の心を救ってきました。彼は言いました。神闕の熱は、人と人を繋ぐ力があると」
僕はその言葉に心を打たれた。
神闕丹田灸の熱は、ただの治療ではなく、人と人を結びつける絆だったのだと感じた。
神闕丹田灸の熱が、僕の人生を変えてくれた。
山田先生の温かい手と優しい声は、僕の心に深く刻まれた。
その温もりは、永遠に僕の心に残り続けるだろう。