僕の名前は斉藤正和。
平凡なサラリーマン生活を送っている。
仕事のストレスや肩こりに悩まされていた僕は、ある日、友人の佐藤から「温灸がいいぞ」と勧められた。
「温灸って何?」と尋ねると、佐藤は得意げに語り始めた。
「温灸は、艾を燃やして、その熱を体のツボに伝えるんだ。これが驚くほど効くんだよ。俺なんて、肩こりも腰痛もすっかり治った」
その熱意に押されて、僕も試してみることにした。
ネットで調べ、近くの鍼灸院を見つけた。
そこは古びたビルの一室にあり、少し怪しげな雰囲気が漂っていた。
「いらっしゃいませ」と出迎えてくれたのは、年配の女性だった。
彼女は名乗らなかったが、どこかしら不気味な笑顔を浮かべていた。
「初めてですね。こちらへどうぞ」と案内された部屋には、古びた治療台が置かれていた。
僕は緊張しながら横たわり、彼女の指示に従って背中を見せた。
「これから温灸を施しますね」
彼女はそう言って、艾を火にかけ始めた。
その火が揺れるたびに、不安が募った。
熱が背中に広がると、じんわりとした心地よさが感じられた。
しかし、その心地よさは次第に奇妙な感覚に変わっていった。
まるで体の中に何かが侵入してくるような、そんな感覚だった。
「どうですか?」と彼女が尋ねる。
「なんだか、変な感じがします…」
「大丈夫、効果が出ている証拠です」
彼女の声はどこか冷たかった。
その夜、家に帰ると、体の異変に気づいた。
背中に赤い斑点が広がり、それは徐々に大きくなっていった。
鏡で確認すると、その斑点が何か文字のような形をしていることに気づいた。
「これは…何だ?」
僕は慌ててネットで調べ始めた。
すると、昔の文献に同じような症状が記録されていることがわかった。
それは、古代の呪術に関するもので、温灸を用いた儀式によって引き起こされるというものだった。
不安が一気に募り、再び鍼灸院を訪れることにした。
しかし、そこは既に閉店しており、あの女性も姿を消していた。
「どうしよう…」
僕は途方に暮れた。
その夜、奇妙な夢を見た。
夢の中で、あの女性が現れ、「あなたの魂は私のもの」と囁いた。
その瞬間、僕は背中に激しい痛みを感じ、目が覚めた。
現実と夢の境界が曖昧になる中で、僕は背中の斑点が文字を形成しているのを感じた。
その文字は、古代の呪文だった。
「これは一体…」
僕は自分自身に問いかけた。
次の日、再び佐藤に会い、全てを話した。
佐藤は驚きつつも、「そんなことが…」と驚愕した表情を浮かべた。
「それじゃあ、俺も同じ鍼灸院に行ってみよう」と彼は言った。
僕たちは共に、その鍼灸院を再び訪れたが、やはり閉店したままだった。
佐藤はしばらく考え、「これは、ただの偶然かもしれない」と言ったが、僕にはそうは思えなかった。
温灸の熱が、ただの治療ではなく、何か異次元の力を引き寄せたのかもしれない。
それ以来、僕は温灸の怪異に悩まされ続けている。
背中の斑点は消えず、時折、夢の中であの女性が囁く声が聞こえる。
「あなたの魂は私のもの…」
温灸の熱が、僕の運命を変えたのだ。
それは癒しの力ではなく、呪いの力だったのかもしれない。