夜の東京は、闇とネオンが交錯する街だった。
俺はこの街で生きている。
過去に犯した罪の重さを背負いながら、冷たい夜風に身を任せて歩いていた。
俺の名前は片山修司。
かつては裏社会の片隅で生きていたが、今は何とか普通の生活を送っている。
だが、心の中の闇は消えない。
ある日、ふと目に留まった看板があった。
それは「温灸治療」の文字だった。
「消えない痛みを和らげるための治療法です」と書かれたその看板に、俺は引き寄せられた。
痛みを和らげる──それは俺にとって、切実な願いだった。
治療院の扉を押し開けると、若い女性が迎えてくれた。
彼女の名前は美咲。
淡い笑顔が印象的で、彼女の存在自体が何か温かいものを感じさせた。
「片山さんですね。どうぞ、こちらへ」と美咲は俺を治療室に案内した。
部屋には柔らかな光が差し込み、静かな音楽が流れていた。
俺はベッドに横たわり、美咲の手に全てを委ねた。
彼女は慎重に艾を火にかけ、俺の背中に置いた。
その瞬間、じんわりとした熱が背中全体に広がり、体の深部まで届くように感じた。
俺の心の中の冷たい部分が、少しずつ溶けていくようだった。
「温灸は、体のツボを温めることで、血行を良くし、痛みを和らげる効果があります」と美咲は説明した。
その声は静かで、どこか安心感を与えてくれるものだった。
「俺の心の痛みも和らぐのか?」
俺は半ば冗談交じりに尋ねた。
「心の痛みも、体の痛みと同じように和らぐかもしれません」と美咲は微笑んだ。
その微笑みは、本物の癒しを感じさせるものだった。
治療が進むにつれて、俺の心は不思議なほど落ち着いていった。
温灸の熱が、心の中の闇を少しずつ溶かしていく。
俺は美咲に対して、初めて心を開くことができた。
「俺には、消えない過去がある。どうしても忘れられない、取り返しのつかない過去が」
美咲は黙って聞いていた。彼女の沈黙が、俺の言葉を受け止めてくれるように感じられた。
「過去を消すことはできませんが、それと共に生きる方法はあります。温灸の熱が、その手助けになることを願っています」
その言葉に、俺は救われた気がした。
美咲の手が俺の背中を優しく撫でるように温灸を施すたびに、心の痛みが和らいでいくのを感じた。
治療が終わると、俺は軽くなった体で治療院を後にした。
夜の街は相変わらず冷たかったが、俺の心の中には、確かな温かさが残っていた。
それからというもの、俺は定期的に美咲の治療院に通うようになった。
温灸の熱が、俺の心の中に消えない希望を灯してくれたからだ。
過去を背負いながらも、俺は前を向いて歩き始めた。
温灸の熱が、俺の人生に新たな意味を与えてくれたのだ。