夏の午後、私はへそ温灸を受けに行くことにした。
その日の午後は蒸し暑く、空気はまるで重い布のように感じられた。
都会の喧騒を離れ、小さな漢方医院へと足を運んだ。
友人の勧めで訪れたその場所は、古い木造の建物で、どこか懐かしい雰囲気が漂っていた。
受付で名前を告げると、優しげな女性が笑顔で迎えてくれた。
「お待ちしていました。どうぞこちらへ」と彼女は言い、私を施術室へと案内した。
部屋の中には、柔らかな光が差し込み、静かな音楽が流れていた。
まるで別世界に迷い込んだような気がした。
施術師は、年配の男性で、その目には深い知識と経験が刻まれているように見えた。
「今日はへそ温灸ですね」と彼は静かに言った。
私は頷き、施術台に横たわった。
彼は丁寧に私の腹部を温め始めた。
へそに温かいもぐさを据え、その上に小さな火を点ける。
じんわりとした温かさが腹部に広がり、全身に伝わっていくのを感じた。
「へそ温灸は、体の中心を温め、気血の流れを整える効果があります」と彼は説明した。
「特に夏の暑い日には、内側からの冷えを防ぐのに効果的です」
温かな感覚が体中に広がるにつれて、私はゆっくりと目を閉じた。
遠くで鳥のさえずりが聞こえ、心地よい静寂に包まれていく。
気がつくと、私は夢の中にいた。
夢の中で、私は広い草原を歩いていた。
風が吹き、草花が揺れる。
その風景は、現実の世界よりもはるかに鮮明で、心地よいものであった。
草原を歩きながら、私は一人の女性と出会った。
彼女は薄い白いドレスを纏い、柔らかな笑顔を浮かべていた。
「こんにちは」と彼女は言った。
「ここはあなたの心の中の風景です。へそ温灸があなたの内側を温め、心と体のバランスを整えているのです」
「あなたは誰ですか?」と私は尋ねた。
「私はあなたの一部です」と彼女は答えた。
「あなたが忘れていた部分、内側の声です。へそ温灸を通じて、あなたは再び自分自身と繋がることができるのです」
夢の中での対話が終わり、私は目を覚ました。
施術師は微笑みながら、私に水を勧めた。
「いかがでしたか?」と彼は尋ねた。
「とても不思議な体験でした」と私は答えた。
「まるで夢の中で、自分自身と対話していたような感じです」
「それは素晴らしいことです」と彼は言った。
「へそ温灸は、ただの治療ではありません。心と体を繋げる、古くからの知恵なのです。」
その日、私は心地よい疲れを感じながら、漢方医院を後にした。
外の世界は相変わらず暑く、喧騒が続いていたが、私の内側には静かな平和が広がっていた。
へそ温灸を通じて、私は再び自分自身と繋がることができたのだ。
そして、私は知っていた。この体験は、これからの私の人生において、深い意味を持つものになるだろうと。