夜のとばりが降りると、古びた日本家屋の一室に灯りがともった。
その灯りの中、ひとりの女性が静かにお灸の準備をしていた。
彼女の名は、美代子。
家庭の主婦であり、三人の子供たちの母である。
夫の健一は仕事で遅くなることが多く、家のことはすべて美代子の手に委ねられていた。
美代子は古い薬箱から艾を取り出し、小さな火をつけた。
昔からお灸を据えるのが日課であった彼女は、今日もその習慣を守っている。
背中に艾を据え、じんわりと広がる温かさを感じながら、美代子は思い出に浸っていた。
幼い頃、祖母が美代子にお灸を据えてくれたことがあった。
祖母の手は暖かく、その手つきは優しかった。
美代子はその温もりを今でも忘れられない。
その温もりが、美代子にとっての家族の絆を象徴していた。
「お母さん、何してるの?」ふと、次男の信彦が部屋に入ってきた。
彼の大きな瞳が、お灸の煙を不思議そうに見つめている。
「お灸よ。これで体を温めて元気になるの」美代子は微笑みながら答えた。
信彦は興味津々で近づき、お灸の様子をじっと見ていた。
「僕もやってみたい!」信彦のその言葉に、美代子は驚いたが、優しく頷いた。
彼女は艾をもう一つ取り出し、信彦の背中に据えてみた。
小さな火が灯ると、信彦は少し驚いた顔をしたが、次第にその温もりに笑顔を浮かべた。
「お母さん、これ、暖かくて気持ちいいね」
信彦のその言葉に、美代子の胸は温かくなった。
家族の絆が、こんな小さな儀式の中にあることを改めて感じた。
夜が更けると、健一が帰宅した。
仕事の疲れが顔に出ていたが、美代子は微笑みながら迎えた。
「お疲れ様。お灸を据えたら、疲れも取れるわよ」と言いながら、彼の背中にもお灸を据えた。
家族全員がそろい、温かいお灸の煙が部屋を満たすその光景は、美代子にとって何よりも大切なひとときであった。
お灸の温もりが、家族の絆をさらに強く結びつけてくれる。
その温もりの中で、美代子は幸せを感じながら、一日を締めくくった。
お灸の煙が消え、部屋が静けさに包まれると、美代子は心の中で祖母に感謝の念を捧げた。
家族の温もり、それは何よりも大切な宝物であり、世代を超えて受け継がれていくものなのだ。