古びた洋館の前に立つと、胸の奥に奇妙な不安が広がった。
探偵である私の元に届いた依頼状には、不可解な事件が記されていた。
依頼人は、名士として知られる老医師の伊藤博士。
彼は、最近起きた不可思議な現象について相談したいという。
洋館のドアを叩くと、静寂を破る音が響いた。
やがて、黒いドレスを纏った老女が現れ、私を迎え入れた。
彼女の名は桜庭夫人、伊藤博士の長年の助手だという。
「こちらへどうぞ、博士がお待ちです」と夫人は低い声で言った。
案内された書斎には、年老いた博士が椅子に座っていた。
白髪の頭を上げ、鋭い眼差しで私を見つめる。
「お越しいただき、ありがとうございます」と博士は静かに言った。
「実は、ここ最近、奇妙なことが起きているのです。私が使用しているお灸が、まるで生きているかのように動き出すのです」
私は驚きを隠せなかった。
お灸が動く?そんなことがあり得るだろうか。
しかし、博士の真剣な表情から、その言葉が単なる幻想ではないことが伝わってきた。
「具体的にはどのような現象ですか?」と私は尋ねた。
「お灸を据えた患者が、奇妙な夢を見るのです。まるで異世界に引き込まれるような感覚だと言います。
そして、その夢の中で体験することが、現実に影響を及ぼすのです」と博士は語った。
私はその話に興味をそそられ、博士の実験室を訪れることにした。
実験室は、古い医学書や道具が散らばるカオスな空間だった。
中央には、お灸の道具が整然と並べられていた。
「この艾が問題の元です」と博士は言い、手に取った艾を見せた。
それは、見た目には普通の艾だったが、よく見ると微かな光を放っているように感じた。
「この艾を使用することで、患者は異世界と交信するようになるのです」と博士は続けた。
私は興味を抑えきれず、その艾を使用したお灸を体験することに決めた。
博士の指示に従い、ベッドに横たわり、お灸を据えられた。
じんわりとした熱が広がり始めると、意識が次第に朦朧としていった。
やがて、私の視界は暗転し、奇妙な光景が広がった。
それは、現実とは異なる幻想的な世界だった。
目の前には、古代の遺跡のような建物が立ち並び、不思議な生物たちが徘徊していた。
「ここが異世界か…」と私は呟いた。
その時、背後から何者かの気配を感じ、振り返ると、そこには不気味な影が立っていた。
その影は、私に向かって手を差し伸べ、何かを訴えかけているようだった。
私は恐怖を感じながらも、その手を取った。
瞬間、激しい光が広がり、私は目を覚ました。
実験室の中で、博士と桜庭夫人が私を見守っていた。
「異世界を見ましたか?」と博士が尋ねた。
「ええ、確かに…」と私は答え、その体験が現実のものか、夢であったのか分からないまま、混乱した思いでその場を立ち去った。
その後、私はその奇妙な体験を何度も思い返した。
お灸の謎は解明されないまま、私の心に深く刻まれた。