その日は小雨が降っていた。
東京の片隅にある古い町屋、私はそこで一人の女性に会うために訪れた。
彼女の名は佐藤真奈美。
お灸の施術を生業としている女性だ。
玄関を開けると、真奈美さんは静かに微笑みながら迎えてくれた。
彼女の微笑みにはどこか懐かしさが漂っていた。
私は彼女に促されて和室に入り、座布団の上に座った。
「今日はお疲れのようですね」と真奈美さんは優しく声をかけてくれた。
「ええ、最近忙しくて、心身ともに疲れ果てています」と私は正直に答えた。
真奈美さんはうなずき、お灸の準備を始めた。
彼女の動きは流れるように滑らかで、その手つきには長年の経験が感じられた。
お灸の艾を手に取り、小さな円柱に形を整え、火をつけた。
「お灸の温もりが、あなたの疲れた心と体を癒してくれるはずです」と彼女は言い、私の背中にお灸を据えた。
じんわりとした暖かさが広がり、その温もりは次第に深く浸透していく。
「お灸は古くから伝わる療法で、ただの治療法ではありません」と真奈美さんは続けた。
「それは心と体のバランスを整え、自然治癒力を高めるものなのです」
彼女の言葉に耳を傾けながら、私は次第にリラックスしていった。お灸の香りが漂い、部屋の中には静寂が広がる。
窓の外では小雨の音が心地よいリズムを奏でていた。
「私も母からこの技術を教わりました。母は私に、お灸の温もりには人々の心を癒す力があると教えてくれました」と真奈美さんは懐かしそうに語った。
その言葉に、私は自分の母のことを思い出した。
母もまた、家庭の中でお灸を施してくれたことがあった。
その温もりは今でも鮮明に覚えている。
「お灸の灯りは、まるで心の中の小さな明かりのようです。疲れたとき、心が冷えたとき、その明かりがあなたを温め、癒してくれるのです」と真奈美さんは続けた。
お灸の温もりに包まれながら、私はその言葉に深く共感した。
私の心と体は次第に解きほぐされ、軽くなっていくのを感じた。
「ありがとうございました、真奈美さん。お灸の温もりが、こんなにも心地よいものだとは思いませんでした」と私は感謝の気持ちを伝えた。
「どういたしまして。またいつでもいらしてください。ここはあなたの心の休息の場ですから」と彼女は微笑んで答えた。
その日、私はお灸の温もりと共に、心の中に小さな明かりを灯して帰った。その明かりは、忙しい日常の中で私を支えてくれる、大切な存在となった。