桜が舞い散る春の日、私は静かな町の一角にある古い和風の家を訪れた。
玄関先には、色褪せた暖簾が揺れている。
この家の主人は、伝統的なお灸を施すことで知られている女性、佐藤真奈美さんだった。
真奈美さんは、私の母の親友であり、幼い頃からお世話になっている。
彼女の家に足を踏み入れると、どこか懐かしい艾の香りが漂ってきた。
母もこの香りが大好きで、私たちはよく一緒に訪れたものだった。
「久しぶりね、彩子ちゃん」と真奈美さんは微笑みながら迎えてくれた。
彼女の手には小さな茶碗があり、その中には温かいお茶が注がれていた。
「久しぶりです、真奈美さん。今日は少し疲れていて、お灸をお願いしたくて」と私は正直に答えた。
仕事の忙しさに追われ、心も体も疲れ果てていた。
真奈美さんは静かにうなずき、私を和室に案内した。
畳の上に座ると、彼女は丁寧にお灸の準備を始めた。
艾を小さな円柱にし、それを火で温める。
その光景はまるで、古い映画の一シーンのように感じられた。
「お灸はね、ただの治療法じゃないの」と真奈美さんが話し始めた。
「それは心と体をつなぐ橋渡しのようなものなの。お灸の温もりが体に染み込むと、心の奥底にある疲れも少しずつ癒されていくのよ」
彼女の言葉を聞きながら、私は背中にお灸を据えてもらった。
じんわりと広がる温かさが、次第に心地よく感じられる。
まるで母の手のひらの温もりが蘇ってくるようだった。
「昔、あなたのお母さんもよくここに来ていたわ。彼女はいつも忙しくて、でもこの時間だけは自分のために使っていたの」と真奈美さんは懐かしそうに語った。
お灸の温かさが私の心をほどいていく中で、母の笑顔が浮かんできた。
彼女も同じように、この場所で心の安らぎを見つけていたのだろう。
「ありがとう、真奈美さん。お灸の温もりが、こんなにも心を癒してくれるなんて思わなかった」と私は感謝の気持ちを伝えた。
「いつでも来てね、彩子ちゃん。ここはあなたの居場所でもあるのだから」と真奈美さんは微笑んだ。
その日、私はお灸の温もりと共に、母の愛情を再び感じることができた。
お灸はただの治療法ではなく、心の安らぎをもたらす大切な儀式なのだと実感した。
桜の花びらが風に舞う中で、私は新たな気持ちで明日を迎えることができた。
お灸の温もりが、私の心に新たな希望の灯をともしてくれたのだ。