夜、街は静まり返っていた。
月明かりが街灯に映し出され、少しだけ光が差し込む中、一軒の小さなお灸屋がひっそりと佇んでいた。
そのお灸屋は、日中には賑わいを見せる場所だったが、夜になるとひときわ幻想的な雰囲気を纏っていた。
店先には、ろうそくの明かりが灯され、柔らかな光が周囲を包み込んでいた。
灸師の本田次郎は、夜になると店を閉め、しばしば店内でお灸を灯し、ひとり静かに過ごすことがあった。
その夜も、彼はお灸の火を灯し、微かな炎の揺らぎを眺めていた。
「あの頃、遠い記憶の中で、何かを追い求めていた」
窓辺に座りながら、本田はそうつぶやいた。
彼はお灸の力を信じ、人々の健康を願う毎日を送っていたが、その中には何かが足りないような気がしていた。
ある晩、店の前に一人の女性が立っているのに気づいた。
その女性は彼の知らない顔だったが、どこか心を惹かれるものを持っていた。
「こんばんは、どういたしましてか?」と本田が声をかけると、女性は微笑んで答えた。
「実は、お灸を試してみたくて来たんです」
彼女の声は、まるで夜風がそっと耳に触れるような優しい響きだった。
「それなら、ぜひお手伝いさせていただきますよ」
本田は、女性に声をかけながら店内に案内した。
床に敷かれた畳の上に座り、本田はじっと彼女の目を見つめた。
お灸の火がゆっくりと燃え、心地よい温もりが広がる中、本田は灸を慎重に彼女の肌に近づけていく。
その瞬間、彼らの間に何かが生まれたような気がした。
「お灸って、こんなに心地よいものだったんですね」
女性は微笑みながら言った。その微笑みに、本田は心が温かくなるのを感じた。
以後、女性は何度もそのお灸屋を訪れるようになった。
彼女の存在が、本田の毎日に新たな輝きを与えていった。
そして、ある日、本田は女性に告白した。
彼はお灸を通じて感じる心の温もりと、彼女への想いを伝えた。
「あなたとお灸が、私の心を温めてくれるんです」
そう言って彼は微笑み、彼女の手を取った。
夜風が窓辺から入り、ろうそくの明かりが二人の周りを包み込む。
星が瞬く中、お灸の心地よさと、二人の想いが交差する夜が始まった。