夏の日、僕は街の一角にある小さな施術院を訪れた。そこは「関元一点灸」という特別な灸術を行う場所だった。
看板には、「一点の灸で心身の調和を取り戻す」と書かれていた。
施術を行うのは、中年の男性鍼灸師だった。
彼は静かな風格を持ち、落ち着いた雰囲気を纏っている。部屋には薄暗い灯りが灯り、ほのかな香りが漂っている。
「こんにちは。初めての方ですか?」鍼灸師が微笑んで声をかけてきた。
「はい、初めてです。一点灸というのが気になって…」
彼は優しく頷きながら、座るように促した。
僕は座り、腹部に一点の灸が置かれるのを待った。
炎が燃え盛り、ほんのりと温かさが伝わってきた。
その温もりは、どこか懐かしく、まるで遠い夏の日のようだった。心地よい痛みと共に、遥かな記憶が蘇ってくる。
「これは一点灸の効果だよ。心地よいでしょう?」鍼灸師の声が耳に響く。
「はい、確かに…」
施術の間、僕は遠くの海岸線、砂浜での夏の日の風景を思い出した。
青い空と波の音、そして笑い声。
あの日々が、どれだけ大切だったかを思い知らされた瞬間だった。
施術が終わり、鍼灸師は微笑みながら言った。
「一点の灸が、時折過ぎ去った夏を蘇らせることもあるんだよ。大切なことを思い出す手助けになれば幸いだ」
僕は微笑み返し、その場を後にした。
一点の灸がもたらす、静かなる夏の想い出。
それはまるで、遠い記憶の中の一篇の物語のようだった。