薄暗い部屋に立ち込める煙草の煙の中で、彼はじっと椅子に座っていた。
腕には無数の傷跡、そして腹部に刻まれた古い火傷の痕が、彼の過去を物語っていた。
タツヤという名のその男は、数年前まで裏社会で知られた存在だった。
だが、今はその影も形もない。
ただひっそりと、時間が止まったような生活を送っていた。
「タツヤ、今日はどうするんだ?」
低い声が部屋の隅から聞こえてきた。声の主はユウジ、タツヤの唯一の友人であり、この街の鍼灸師だった。
かつては二人で多くの修羅場を潜り抜けてきたが、今はユウジが唯一、タツヤと繋がりを保ち続けている。
タツヤは静かに首を振った。
「もう何もないさ。あの時から、俺はすべてを失ったんだ」
ユウジはそれを聞き、無言でお灸の道具を取り出した。
もぐさを丸め、慎重に火をつけ、タツヤの腹部に据える。
かつては銃で、ナイフで、その身を傷つけてきたタツヤだが、今はこの小さな火の熱だけが彼の体に新しい感覚をもたらしていた。
タツヤは目を閉じ、熱が皮膚に浸透していく感覚に集中した。
昔、敵との戦いで負ったこの火傷の痕は、彼にとって忘れたい過去そのものだった。
だが、お灸の熱がそれに重なり、まるでその過去を和らげるかのように感じられた。
「お灸を据えるたびに、少しずつ過去が薄れていく気がするよ、ユウジ」とタツヤはつぶやいた。
ユウジは静かに頷いた。
「そうかもしれないな。お灸は体だけじゃなく、心も癒すものだ。お前の過去も、少しずつ癒されていくさ」
タツヤは無言のまま、お灸の熱を受け入れた。
かつては力で、暴力で、すべてを解決してきた男が、今ではこの小さな火の熱に頼っている。
それは皮肉であり、また一つの救いでもあった。
「俺はまだ、生きてるんだな」とタツヤは再びつぶやいた。
ユウジはまた頷いた。
「お前は生きている。そして、まだ終わっちゃいない。どんな過去を背負っていても、お前にはまだ先がある」
タツヤはその言葉に力を感じた。
過去の罪は決して消えないが、だからといって未来が閉ざされるわけではない。
お灸の熱がそう語りかけているようだった。
夜が深まり、ユウジが道具を片付けて帰ろうとした時、タツヤは彼を引き留めた。
「明日も来てくれないか。まだお灸が必要だ」
ユウジは笑みを浮かべて頷いた。
「もちろんだ、タツヤ。俺たちはまだ終わっちゃいない。これからも、ずっとな」
二人の男は黙って目を合わせた。
その沈黙の中に、言葉以上の絆があった。
お灸の熱がそれを証明するかのように、部屋の中に静かな暖かさが残った。
タツヤはその暖かさの中で、また新しい一日を迎える準備を始めていた。
過去の痕が完全に消えることはないが、それでも未来への道が続いていることを、彼はようやく信じ始めていたのだった。